yohakuについて

y o h a k u

その名のとおり、「余白」を生きるための場所です。

私たちは日々、たくさんの「しなければ」に追われています。
仕事、キャリア、人間関係、暮らし…。
完璧にこなしているように見えるその裏で、本当は息切れしている自分。
周りには「できる人」「自由な人」と見られながら、
内側では「本当の自分は無能なのではないか」と怯えている。

y o h a k u が提供するのは、
日常の中に“余白”をつくることから変えていく実践型プログラムです。
特別な場所に行かなくても、
誰かに褒められなくても、
評価や肩書きがなくても、

あなたが、ただそこにいるだけで
「私はわたしであっていい」と思えるような日常。
y o h a k u は、それをともに育てていきます。

思考・感情・行動・空間。
そのすべてに「詰まり」があるとしたら、
解放の鍵は、「空けること」「減らすこと」「手放すこと」かもしれません。

まずは暮らしから、そして心へ。

あなたの存在価値は、あなた自身がつくる。
人生の主人公として、自分の舞台に、もう一度立ちましょう。

その名のとおり”余白”を生きるための場所です。

私たちは日々、たくさんの”しなければ”に追われています。
仕事、キャリア、人間関係、暮らし…。
完璧にこなしているように見えるその裏で、本当は息切れしている自分。
周りには”できる人” ”自由な人”と見られながら、内側では”本当の自分は無能なのではないか”と怯えている。

y o h a k uが提供するのは、日常の中に “余白” をつくることから変えていく実践型プログラムです。
特別な場所に行かなくても、誰かに褒められなくても、評価や肩書きがなくても、

あなたが、ただそこにいるだけで”私はわたしであっていい”と思えるような日常。
y o h a k u は、それをともに育てていきます。

思考・感情・行動・空間。
そのすべてに”詰まり”があるとしたら、解放の鍵は、”空けること” ”減らすこと” ”手放すこと”かもしれません。

まずは暮らしから、そして心へ。

あなたの存在価値は、あなた自身がつくる。
人生の主人公として、自分の舞台に、もう一度立ちましょう。

    

@___y_o_h_a_k_u___
aki | HOME RETREAT facilitator

@___y_o_h_a_k_u___

  • 「自分の力だけで作れるものなんて何ひとつない」

よくきく言葉だけれど

自分の中で本当に腹落ちすることは

(わたしは)ほとんどない

なんか、今日はそれがすっと入ってきた

「母の日」の空気もある

でもいちばんはこのサプライズギフト

・

ありがとう

@maho_kos
  • 【コンポスト生活は、暮らしの選択を変えてくれた】

憧れていたコンポスト生活を始めることになった

きっかけは3か月前に購入した1冊の本
『\がんばらない/ コンポスト生活』(服部雄一郎さん)

・

わたしはほぼ菜食で
野菜のへたも皮も(ときに種も)食べてしまうから
ほとんど生ごみが出ない

そんな暮らしをしていて
なぜコンポストを?
いったい何の意味が?

実はそこに踏み切ったのは
いわゆる”生ごみ処理”のためというより
「紙」や「布」
そして「油」も受け止めてくれるという
コンポストの「器の大きさ」だった

・

服部さんの著書の中でも紹介されていた
諏訪(長野)のリビセンさん
(リビルディングセンタージャパン)と
Deptのeriさんががコラボしたという
キエーロコンポストが到着した

あまりに興奮して小躍りし
到着日は何度も玄関まで迎えに行く

配送のお兄さんもキエーロのことをよくご存じで
玄関先で梱包を解体頂くところから話が盛り上がる

現れたキエーロにふたりで
「わー!」「デザイン、かわいい!」

・

最初の2回は
紙や布をどんどんコンポストに入れた
油を吸った布
油がついたクッキングシート
コーヒーかすはフィルターごと
(⚠️全てNG行為!詳細は以下に。スライドでは7枚目。)

「2~3週間程度で分解される」はずだったのに
1か月近く経ってもそれらは分解されなかった

本を読み直して、その理由がわかった

素材
成り立ち

「布」「紙」とひとことに言っても
その素材や製法は様々

私がキエーロに入れた「布」や「紙」は
化学物質だらけで分解されないモノばかりだった

・

土を掘り返して分解されず残っていた
「布」や「紙」をひとつひとつ選り分け
キエーロから取り除いた

そしてもう一度服部さんの本を読み
それからは
「分解されるもの」だけを入れるようにした

・

1か月経つ

1週間に1度
その週の生ごみを埋めるために土を掘る

その前に埋めたものは跡形もなくなっている

まさに「キエーロ」(消えーろ)

・

コンポスト生活を始めてのいちばんの恩恵は
ゴミ処理そのものというより

「どこまでも丁寧に観て選びとる」ということへの気づき

これまでも「モノ選び」には
十分に意識的であると自負していた

最終的に手放す段階になって
しかし
無自覚に「選んで」いたモノがどれだけ多かったかに
気づかされた

後の工程を考えずに家に持ち込んでいたモノが
どれだけ多かったか

それらが「土に還らないモノ」として
実際に目の前につきつけられたとき
”土に還らないものは良くない”という
環境保護や持続可能性の知識・通念
のようなものとは違うところで
自分の中に刺さるものがあった

誰かほかの人のことばではなく
自分自身が体で感じる
「そういう(土に還らない)ものと暮らすことが
心地よくない」という感覚

・

マインドフルネスの学びの過程で触れた
最も好きな物語のひとつに
「上流と下流」というものがある

マインドが現実を作る
現実を変えたいのなら、マインドから調える

学び始めた頃はよくわからなかったこの物語も
今ではほぼ毎日様々な出来事と重ね合わせて思い出す

コンポスト生活で体験したこの「選ぶ」視点は
まさにその
「上流」から「下流」をみるもの

・

さて、そこで早速
家中のプラスチックや化学繊維の服を捨て…
というところまでは至っていない
(キエーロに使っているスコップも、樹脂製だ)

これから、ひとつひとつ、
新しいモノを手に入れるとき
この視点でモノを選んでいこうと思う

その過程での自分自身の変化も感じとりながら

・

『コンポスト生活』は
まだまだ
わたしの選択を変えてくれそうだ

・

追記

🌱コンポストに芽が出ました
(5枚目のスライド)
なんだかとても嬉しかった

many thanks to:
@sustainably.jp 
@rebuildingcenterjp 
@d_e_p_t
  • 先日、『からだで読む老子』というワークショップに参加した

まとまらない文章だが感じたことを書き残しておきたい

・

からだ、身体感覚

それはわたしにとって長い間「信じられない」ものだった

マインドフルネスの講師養成講座受講当初ボディスキャンで何も感じないという悩みを先生に相談した
先生は一言
「あなたは『感じる』ということばに特定の意味をもっていませんか?」

この問いかけはその後数年間繰り返し私の中に現れた

・

身体感覚が「ある」=講師の素養がある
身体感覚が「ない」=講師には致命的

簡単にするとそれが私とっての意味だった

学びやガイドの中でいくら「感じていないことに気づいている、  それ自体が気づき」と言われても(時には自分が言っても)「本当にそうだろうか」と思う自分がどこかにいた

・

その「疑い」が変化したのは講師免許をとってから2年後に参加したヴィパッサナ瞑想

1日トータル12時間の瞑想
ただ座る
完全サイレントの10日間

痛みや疲れなどの不快な感覚ではない
気持ちいい快の感覚でもない
ただ淡々と身体が「活動している」感覚がそこにはあった

「からだは信じられる」初めてそう感じた体験だった

・

ヴィパッサナの体験の後
友人から今回のワークショップを紹介された

もし順番が前後していたら「私(のからだ)は理解できない」と参加はしなかっただろう

・

ワークショップの中では様々なペアワークを体験した

一貫して受け取ったメッセージはこれだった

「ほんの小さな意識の向け方/向け先でからだの「質」が変化する」
「からだに戻るスペースを」

思い出したことがあった

・

マインドフルネス実践を始めた5年前
日々「気づき」が溢れ毎日のように講座仲間にコミュニティ掲示板でシェアしていた

日々出会う「気づき」は嬉しかったがきっかけとなる出来事は当時勤めていた会社でのチームリーダーとしての”失敗”

”失敗”の原因を深堀りするたびに「会社のため」「あなたの成長のため」と大義名分を掲げてチームを”指導”していた自分の本当の動機は、「自分の居場所を守ること」だと気付かされた

講座のクラスメイトはその表向きの行動を大義名分通りに「愛だね」「やさしい行動だね」と賞賛してくれた

姿勢のいい座り方をしていると「熱心に見える」ように
背もたれに寄りかかって椅子に座っていると「怠惰に見える」ように
わたしの行動は外からはその怖れに満ちた動機を覆い隠していた
「本当の動機」をシェアしてもなお仲間たちはほめてくれた

ギャップが苦しかった

シェアすることをやめた

・

『からだで読む老子』の中で講師の岩渕さんがおっしゃった「質」ということばがそこにリンクした

「質」「動機」「意図」「注意」

どれも外からは見えない(普通は)

自分だけが見えている世界や、それにすら気づかないで無意識レベルで行動・選択することが、多くの人に起きているのではないか

・

からだを使ったペアワークの中で「意識」が邪魔をすることがあるというお話があった

からだは本来とても正直で素直な反応をするものだけれど「意識」は複雑化したレイヤーで様々な「制御」をしようとする顕在意識から、潜在意識から

先日こんなことがあった

・

「いつかゲストハウスを経営したいんです」

移住してから一年、いろんな人にそんな話をしてきたけれど、一向に土地の話も物件の話も降ってこない
どうしたらいいでしょう?
人として尊敬する、不動産のプロでもある知人に”相談”した

一蹴された(←有難い意味で)

「想いも努力も十分になったときに 
向こうからやってきます」

(ことはば違うがそのように受け取った)

「本気ではない」という「こころの質」を知人は見抜いていた

知人との対話の中で気づかされた

「質」「動機」「意図」「注意」

どれもが「怖れ」ベースだった
「やりたい」と口では言いながら内側では「やりたくない」と抵抗していた
それに見合った現実が起きていた

・

ここまで買いてみてやはり
「文章としてまとめる」ことは到底できないと感じている

ただあるのは「繋がっている」感覚

マインドフルネスもヴィパッサナーも
チームリーダーとしての“失敗”も
シェアハウスに住みその知人に出会えた縁も
合気道体験での苦い思い出も
その間にあった数々の気づきも

この講座が繋げてくれた

・

「失敗ではない 
うまくいかない方法をひとつ見つけただけ」

有名なエジソンのことばらしい

自分の状態に気づきながら、それらに注意を向けながら、これからも何百万回と起きる”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく

「何もかもうまくいかない  
そんな世界からいなくなりたい」
隠れ鬱の15年間ずっとそう思ってきた

5年前にマインドフルネスと出会って
”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく過程が
楽しくて仕方なくなった

「質」「意図」「動機」「注意の向け先」

そこに「ある」

・

many thanks to 🙏
@iwabuchiteita (講師の先生)
@muifuui (企画・主催)
@hamu348 (当日夜壁打ち)
  • 【あなたの耳に届いたものはなんでしたか?】
  • 【出会いが人生を変えると言うけれど】

1年前、関東から高知に移住した

この1年間、もっとも多く訊かれた質問は 
『なんで高知?』

・

いちばん最初のきっかけは20年前
対人障害を抱えた30代前半

人と関わらずに済む場所を求めて
こんな検索キーワードでインターネット検索をした
「人が少ない」
「携帯(当時はガラケー)の電波が通じない」

ヒットしたのは「四万十川流域」

人生で初めて
高知という土地をリアルに意識したときだった

それから様々な出会いを経て
その存在は大きく変化していく

・

当時は ”仕事人間"
(というか仕事に自分の「居場所」を探していた)

貯金もないし
独り身で家族もいないし
仕事をやめたら「何もなくなる」と思っていた

仕事(とわずかなお金)にしがみついて
移住という決断は到底できない状態だった

その状況は、心を蝕みながら、15年続く

・

46歳、夏、「運命の出会い」
(安っぽい表現だけれど、本当に)

マインドフルネス

に出会った

・

信頼するヨガの先生が
マインドフルネスのワークショップを紹介していた

仕事の人間関係に煮詰まりまくっていて
効果がありそうな学びは迷わず受講していたから
沢山の「効果」をうたっていたその講座に飛びついた

受けてみて、大きく変わった
視点
捉え方

受講前に期待していた「有能なリーダーになる」
ということはどこかに行って

「可能性を探し続けよう」
「人と、世界と、調和して生きる」

真っ暗だった人生に、光が差した

・

あれ? 
この投稿は
「なぜ高知に?」に答えるもののはずなのに

なぜ
「マインドフルネスとの出会い」を?

長いですが、もう少しお読み頂けると嬉しいです…

・

マインドフルネスの実践を始めたのが2021年夏

同じ年の12月
わたしは「高知と出会い直して」いた

きっかけになったのは
近所の本屋さんの新著コーナーで偶然見つけた本

「サステイナブルに暮らしたい
―地球とつながる自由な生き方―」

・

夢中になって読んだ

著者の服部夫妻の人生の変遷、暮らしの様子が描かれている
「どれが」「どこが」と一部を切り取って何かがいい
ということではなく
こんな生き方、暮らし方をしたいと思った
こんな人になりたいと思った

マインドフルネスの実践を通して
自分がほんとうに求めているものは
「成功」ではなく「調和」だと感じはじめていたものを
服部夫妻は、生き方と暮らしの全てで体現されていた

服部夫妻が高知県に移住されていることを知った

古い記憶の中で「逃げる先」として設定されていた高知県が
「生きる、暮らす、場所」に変わった瞬間だった

・

そこから数年は、今思い返せば、
移住するための準備期間のような時間だった
(計画していたわけではない)

25年間サラリーマンだった自分が
仕事をやめて移住したら
新しい土地でどうやって生計を立てるのか?

「不安」と「やりたいことにトライしたい思い」

どちらかが出てくるともう片方も出てきて打ち消す
その繰り返しだった

・

2024年秋、初めて高知県を訪れた(旅行)

全てが、ただ、心地いいと感じた
心がほどけていくような感覚があった

服部夫妻の本を読んだ時の感覚と同じような感覚

頭の中で
「迷い」「不安」「葛藤」がぐるぐる渦巻いていたものが
落ち着いていった

攪拌で濁った水が
動きがゆっくりになって止まって
濁りがスーッと降りて行って透明になるような

「ここだ」という声がきこえた

・

本格的に「高知で暮らそう」と決めてからは早かった

旅から2カ月後には仕事が決まり、住むところも見つかった
当時勤めていた会社の引継ぎを経て退職、移住

マインドフルネスとの出会い
服部夫妻の著書との出会い

2021年のこのふたつの出会いのおかげで
いまわたしは、高知で暮らしている

・

もうすぐ移住から1年

毎日の通勤は川沿いを自転車で走る

毎日、空と川を見ながら思う

ここに来てよかった
ここに住めて嬉しい

いや、「思う」というより、
全身がそう言っている

・

マインドフルネスと服部夫妻が
わたしを高知に「出会わせて」くれた

こころから、そう思っています

ありがとうございます

@sustainably.jp @asterope_tea
「自分の力だけで作れるものなんて何ひとつない」 よくきく言葉だけれど 自分の中で本当に腹落ちすることは (わたしは)ほとんどない なんか、今日はそれがすっと入ってきた 「母の日」の空気もある でもいちばんはこのサプライズギフト ・ ありがとう @maho_kos
3週間 ago
View on Instagram |
2/6
【コンポスト生活は、暮らしの選択を変えてくれた】

憧れていたコンポスト生活を始めることになった

きっかけは3か月前に購入した1冊の本
『\がんばらない/ コンポスト生活』(服部雄一郎さん)

・

わたしはほぼ菜食で
野菜のへたも皮も(ときに種も)食べてしまうから
ほとんど生ごみが出ない

そんな暮らしをしていて
なぜコンポストを?
いったい何の意味が?

実はそこに踏み切ったのは
いわゆる”生ごみ処理”のためというより
「紙」や「布」
そして「油」も受け止めてくれるという
コンポストの「器の大きさ」だった

・

服部さんの著書の中でも紹介されていた
諏訪(長野)のリビセンさん
(リビルディングセンタージャパン)と
Deptのeriさんががコラボしたという
キエーロコンポストが到着した

あまりに興奮して小躍りし
到着日は何度も玄関まで迎えに行く

配送のお兄さんもキエーロのことをよくご存じで
玄関先で梱包を解体頂くところから話が盛り上がる

現れたキエーロにふたりで
「わー!」「デザイン、かわいい!」

・

最初の2回は
紙や布をどんどんコンポストに入れた
油を吸った布
油がついたクッキングシート
コーヒーかすはフィルターごと
(⚠️全てNG行為!詳細は以下に。スライドでは7枚目。)

「2~3週間程度で分解される」はずだったのに
1か月近く経ってもそれらは分解されなかった

本を読み直して、その理由がわかった

素材
成り立ち

「布」「紙」とひとことに言っても
その素材や製法は様々

私がキエーロに入れた「布」や「紙」は
化学物質だらけで分解されないモノばかりだった

・

土を掘り返して分解されず残っていた
「布」や「紙」をひとつひとつ選り分け
キエーロから取り除いた

そしてもう一度服部さんの本を読み
それからは
「分解されるもの」だけを入れるようにした

・

1か月経つ

1週間に1度
その週の生ごみを埋めるために土を掘る

その前に埋めたものは跡形もなくなっている

まさに「キエーロ」(消えーろ)

・

コンポスト生活を始めてのいちばんの恩恵は
ゴミ処理そのものというより

「どこまでも丁寧に観て選びとる」ということへの気づき

これまでも「モノ選び」には
十分に意識的であると自負していた

最終的に手放す段階になって
しかし
無自覚に「選んで」いたモノがどれだけ多かったかに
気づかされた

後の工程を考えずに家に持ち込んでいたモノが
どれだけ多かったか

それらが「土に還らないモノ」として
実際に目の前につきつけられたとき
”土に還らないものは良くない”という
環境保護や持続可能性の知識・通念
のようなものとは違うところで
自分の中に刺さるものがあった

誰かほかの人のことばではなく
自分自身が体で感じる
「そういう(土に還らない)ものと暮らすことが
心地よくない」という感覚

・

マインドフルネスの学びの過程で触れた
最も好きな物語のひとつに
「上流と下流」というものがある

マインドが現実を作る
現実を変えたいのなら、マインドから調える

学び始めた頃はよくわからなかったこの物語も
今ではほぼ毎日様々な出来事と重ね合わせて思い出す

コンポスト生活で体験したこの「選ぶ」視点は
まさにその
「上流」から「下流」をみるもの

・

さて、そこで早速
家中のプラスチックや化学繊維の服を捨て…
というところまでは至っていない
(キエーロに使っているスコップも、樹脂製だ)

これから、ひとつひとつ、
新しいモノを手に入れるとき
この視点でモノを選んでいこうと思う

その過程での自分自身の変化も感じとりながら

・

『コンポスト生活』は
まだまだ
わたしの選択を変えてくれそうだ

・

追記

🌱コンポストに芽が出ました
(5枚目のスライド)
なんだかとても嬉しかった

many thanks to:
@sustainably.jp 
@rebuildingcenterjp 
@d_e_p_t
【コンポスト生活は、暮らしの選択を変えてくれた】

憧れていたコンポスト生活を始めることになった

きっかけは3か月前に購入した1冊の本
『\がんばらない/ コンポスト生活』(服部雄一郎さん)

・

わたしはほぼ菜食で
野菜のへたも皮も(ときに種も)食べてしまうから
ほとんど生ごみが出ない

そんな暮らしをしていて
なぜコンポストを?
いったい何の意味が?

実はそこに踏み切ったのは
いわゆる”生ごみ処理”のためというより
「紙」や「布」
そして「油」も受け止めてくれるという
コンポストの「器の大きさ」だった

・

服部さんの著書の中でも紹介されていた
諏訪(長野)のリビセンさん
(リビルディングセンタージャパン)と
Deptのeriさんががコラボしたという
キエーロコンポストが到着した

あまりに興奮して小躍りし
到着日は何度も玄関まで迎えに行く

配送のお兄さんもキエーロのことをよくご存じで
玄関先で梱包を解体頂くところから話が盛り上がる

現れたキエーロにふたりで
「わー!」「デザイン、かわいい!」

・

最初の2回は
紙や布をどんどんコンポストに入れた
油を吸った布
油がついたクッキングシート
コーヒーかすはフィルターごと
(⚠️全てNG行為!詳細は以下に。スライドでは7枚目。)

「2~3週間程度で分解される」はずだったのに
1か月近く経ってもそれらは分解されなかった

本を読み直して、その理由がわかった

素材
成り立ち

「布」「紙」とひとことに言っても
その素材や製法は様々

私がキエーロに入れた「布」や「紙」は
化学物質だらけで分解されないモノばかりだった

・

土を掘り返して分解されず残っていた
「布」や「紙」をひとつひとつ選り分け
キエーロから取り除いた

そしてもう一度服部さんの本を読み
それからは
「分解されるもの」だけを入れるようにした

・

1か月経つ

1週間に1度
その週の生ごみを埋めるために土を掘る

その前に埋めたものは跡形もなくなっている

まさに「キエーロ」(消えーろ)

・

コンポスト生活を始めてのいちばんの恩恵は
ゴミ処理そのものというより

「どこまでも丁寧に観て選びとる」ということへの気づき

これまでも「モノ選び」には
十分に意識的であると自負していた

最終的に手放す段階になって
しかし
無自覚に「選んで」いたモノがどれだけ多かったかに
気づかされた

後の工程を考えずに家に持ち込んでいたモノが
どれだけ多かったか

それらが「土に還らないモノ」として
実際に目の前につきつけられたとき
”土に還らないものは良くない”という
環境保護や持続可能性の知識・通念
のようなものとは違うところで
自分の中に刺さるものがあった

誰かほかの人のことばではなく
自分自身が体で感じる
「そういう(土に還らない)ものと暮らすことが
心地よくない」という感覚

・

マインドフルネスの学びの過程で触れた
最も好きな物語のひとつに
「上流と下流」というものがある

マインドが現実を作る
現実を変えたいのなら、マインドから調える

学び始めた頃はよくわからなかったこの物語も
今ではほぼ毎日様々な出来事と重ね合わせて思い出す

コンポスト生活で体験したこの「選ぶ」視点は
まさにその
「上流」から「下流」をみるもの

・

さて、そこで早速
家中のプラスチックや化学繊維の服を捨て…
というところまでは至っていない
(キエーロに使っているスコップも、樹脂製だ)

これから、ひとつひとつ、
新しいモノを手に入れるとき
この視点でモノを選んでいこうと思う

その過程での自分自身の変化も感じとりながら

・

『コンポスト生活』は
まだまだ
わたしの選択を変えてくれそうだ

・

追記

🌱コンポストに芽が出ました
(5枚目のスライド)
なんだかとても嬉しかった

many thanks to:
@sustainably.jp 
@rebuildingcenterjp 
@d_e_p_t
【コンポスト生活は、暮らしの選択を変えてくれた】

憧れていたコンポスト生活を始めることになった

きっかけは3か月前に購入した1冊の本
『\がんばらない/ コンポスト生活』(服部雄一郎さん)

・

わたしはほぼ菜食で
野菜のへたも皮も(ときに種も)食べてしまうから
ほとんど生ごみが出ない

そんな暮らしをしていて
なぜコンポストを?
いったい何の意味が?

実はそこに踏み切ったのは
いわゆる”生ごみ処理”のためというより
「紙」や「布」
そして「油」も受け止めてくれるという
コンポストの「器の大きさ」だった

・

服部さんの著書の中でも紹介されていた
諏訪(長野)のリビセンさん
(リビルディングセンタージャパン)と
Deptのeriさんががコラボしたという
キエーロコンポストが到着した

あまりに興奮して小躍りし
到着日は何度も玄関まで迎えに行く

配送のお兄さんもキエーロのことをよくご存じで
玄関先で梱包を解体頂くところから話が盛り上がる

現れたキエーロにふたりで
「わー!」「デザイン、かわいい!」

・

最初の2回は
紙や布をどんどんコンポストに入れた
油を吸った布
油がついたクッキングシート
コーヒーかすはフィルターごと
(⚠️全てNG行為!詳細は以下に。スライドでは7枚目。)

「2~3週間程度で分解される」はずだったのに
1か月近く経ってもそれらは分解されなかった

本を読み直して、その理由がわかった

素材
成り立ち

「布」「紙」とひとことに言っても
その素材や製法は様々

私がキエーロに入れた「布」や「紙」は
化学物質だらけで分解されないモノばかりだった

・

土を掘り返して分解されず残っていた
「布」や「紙」をひとつひとつ選り分け
キエーロから取り除いた

そしてもう一度服部さんの本を読み
それからは
「分解されるもの」だけを入れるようにした

・

1か月経つ

1週間に1度
その週の生ごみを埋めるために土を掘る

その前に埋めたものは跡形もなくなっている

まさに「キエーロ」(消えーろ)

・

コンポスト生活を始めてのいちばんの恩恵は
ゴミ処理そのものというより

「どこまでも丁寧に観て選びとる」ということへの気づき

これまでも「モノ選び」には
十分に意識的であると自負していた

最終的に手放す段階になって
しかし
無自覚に「選んで」いたモノがどれだけ多かったかに
気づかされた

後の工程を考えずに家に持ち込んでいたモノが
どれだけ多かったか

それらが「土に還らないモノ」として
実際に目の前につきつけられたとき
”土に還らないものは良くない”という
環境保護や持続可能性の知識・通念
のようなものとは違うところで
自分の中に刺さるものがあった

誰かほかの人のことばではなく
自分自身が体で感じる
「そういう(土に還らない)ものと暮らすことが
心地よくない」という感覚

・

マインドフルネスの学びの過程で触れた
最も好きな物語のひとつに
「上流と下流」というものがある

マインドが現実を作る
現実を変えたいのなら、マインドから調える

学び始めた頃はよくわからなかったこの物語も
今ではほぼ毎日様々な出来事と重ね合わせて思い出す

コンポスト生活で体験したこの「選ぶ」視点は
まさにその
「上流」から「下流」をみるもの

・

さて、そこで早速
家中のプラスチックや化学繊維の服を捨て…
というところまでは至っていない
(キエーロに使っているスコップも、樹脂製だ)

これから、ひとつひとつ、
新しいモノを手に入れるとき
この視点でモノを選んでいこうと思う

その過程での自分自身の変化も感じとりながら

・

『コンポスト生活』は
まだまだ
わたしの選択を変えてくれそうだ

・

追記

🌱コンポストに芽が出ました
(5枚目のスライド)
なんだかとても嬉しかった

many thanks to:
@sustainably.jp 
@rebuildingcenterjp 
@d_e_p_t
【コンポスト生活は、暮らしの選択を変えてくれた】 憧れていたコンポスト生活を始めることになった きっかけは3か月前に購入した1冊の本 『\がんばらない/ コンポスト生活』(服部雄一郎さん) ・ わたしはほぼ菜食で 野菜のへたも皮も(ときに種も)食べてしまうから ほとんど生ごみが出ない そんな暮らしをしていて なぜコンポストを? いったい何の意味が? 実はそこに踏み切ったのは いわゆる”生ごみ処理”のためというより 「紙」や「布」 そして「油」も受け止めてくれるという コンポストの「器の大きさ」だった ・ 服部さんの著書の中でも紹介されていた 諏訪(長野)のリビセンさん (リビルディングセンタージャパン)と Deptのeriさんががコラボしたという キエーロコンポストが到着した あまりに興奮して小躍りし 到着日は何度も玄関まで迎えに行く 配送のお兄さんもキエーロのことをよくご存じで 玄関先で梱包を解体頂くところから話が盛り上がる 現れたキエーロにふたりで 「わー!」「デザイン、かわいい!」 ・ 最初の2回は 紙や布をどんどんコンポストに入れた 油を吸った布 油がついたクッキングシート コーヒーかすはフィルターごと (⚠️全てNG行為!詳細は以下に。スライドでは7枚目。) 「2~3週間程度で分解される」はずだったのに 1か月近く経ってもそれらは分解されなかった 本を読み直して、その理由がわかった 素材 成り立ち 「布」「紙」とひとことに言っても その素材や製法は様々 私がキエーロに入れた「布」や「紙」は 化学物質だらけで分解されないモノばかりだった ・ 土を掘り返して分解されず残っていた 「布」や「紙」をひとつひとつ選り分け キエーロから取り除いた そしてもう一度服部さんの本を読み それからは 「分解されるもの」だけを入れるようにした ・ 1か月経つ 1週間に1度 その週の生ごみを埋めるために土を掘る その前に埋めたものは跡形もなくなっている まさに「キエーロ」(消えーろ) ・ コンポスト生活を始めてのいちばんの恩恵は ゴミ処理そのものというより 「どこまでも丁寧に観て選びとる」ということへの気づき これまでも「モノ選び」には 十分に意識的であると自負していた 最終的に手放す段階になって しかし 無自覚に「選んで」いたモノがどれだけ多かったかに 気づかされた 後の工程を考えずに家に持ち込んでいたモノが どれだけ多かったか それらが「土に還らないモノ」として 実際に目の前につきつけられたとき ”土に還らないものは良くない”という 環境保護や持続可能性の知識・通念 のようなものとは違うところで 自分の中に刺さるものがあった 誰かほかの人のことばではなく 自分自身が体で感じる 「そういう(土に還らない)ものと暮らすことが 心地よくない」という感覚 ・ マインドフルネスの学びの過程で触れた 最も好きな物語のひとつに 「上流と下流」というものがある マインドが現実を作る 現実を変えたいのなら、マインドから調える 学び始めた頃はよくわからなかったこの物語も 今ではほぼ毎日様々な出来事と重ね合わせて思い出す コンポスト生活で体験したこの「選ぶ」視点は まさにその 「上流」から「下流」をみるもの ・ さて、そこで早速 家中のプラスチックや化学繊維の服を捨て… というところまでは至っていない (キエーロに使っているスコップも、樹脂製だ) これから、ひとつひとつ、 新しいモノを手に入れるとき この視点でモノを選んでいこうと思う その過程での自分自身の変化も感じとりながら ・ 『コンポスト生活』は まだまだ わたしの選択を変えてくれそうだ ・ 追記 🌱コンポストに芽が出ました (5枚目のスライド) なんだかとても嬉しかった many thanks to: @sustainably.jp @rebuildingcenterjp @d_e_p_t
3週間 ago
View on Instagram |
3/6
先日、『からだで読む老子』というワークショップに参加した

まとまらない文章だが感じたことを書き残しておきたい

・

からだ、身体感覚

それはわたしにとって長い間「信じられない」ものだった

マインドフルネスの講師養成講座受講当初ボディスキャンで何も感じないという悩みを先生に相談した
先生は一言
「あなたは『感じる』ということばに特定の意味をもっていませんか?」

この問いかけはその後数年間繰り返し私の中に現れた

・

身体感覚が「ある」=講師の素養がある
身体感覚が「ない」=講師には致命的

簡単にするとそれが私とっての意味だった

学びやガイドの中でいくら「感じていないことに気づいている、  それ自体が気づき」と言われても(時には自分が言っても)「本当にそうだろうか」と思う自分がどこかにいた

・

その「疑い」が変化したのは講師免許をとってから2年後に参加したヴィパッサナ瞑想

1日トータル12時間の瞑想
ただ座る
完全サイレントの10日間

痛みや疲れなどの不快な感覚ではない
気持ちいい快の感覚でもない
ただ淡々と身体が「活動している」感覚がそこにはあった

「からだは信じられる」初めてそう感じた体験だった

・

ヴィパッサナの体験の後
友人から今回のワークショップを紹介された

もし順番が前後していたら「私(のからだ)は理解できない」と参加はしなかっただろう

・

ワークショップの中では様々なペアワークを体験した

一貫して受け取ったメッセージはこれだった

「ほんの小さな意識の向け方/向け先でからだの「質」が変化する」
「からだに戻るスペースを」

思い出したことがあった

・

マインドフルネス実践を始めた5年前
日々「気づき」が溢れ毎日のように講座仲間にコミュニティ掲示板でシェアしていた

日々出会う「気づき」は嬉しかったがきっかけとなる出来事は当時勤めていた会社でのチームリーダーとしての”失敗”

”失敗”の原因を深堀りするたびに「会社のため」「あなたの成長のため」と大義名分を掲げてチームを”指導”していた自分の本当の動機は、「自分の居場所を守ること」だと気付かされた

講座のクラスメイトはその表向きの行動を大義名分通りに「愛だね」「やさしい行動だね」と賞賛してくれた

姿勢のいい座り方をしていると「熱心に見える」ように
背もたれに寄りかかって椅子に座っていると「怠惰に見える」ように
わたしの行動は外からはその怖れに満ちた動機を覆い隠していた
「本当の動機」をシェアしてもなお仲間たちはほめてくれた

ギャップが苦しかった

シェアすることをやめた

・

『からだで読む老子』の中で講師の岩渕さんがおっしゃった「質」ということばがそこにリンクした

「質」「動機」「意図」「注意」

どれも外からは見えない(普通は)

自分だけが見えている世界や、それにすら気づかないで無意識レベルで行動・選択することが、多くの人に起きているのではないか

・

からだを使ったペアワークの中で「意識」が邪魔をすることがあるというお話があった

からだは本来とても正直で素直な反応をするものだけれど「意識」は複雑化したレイヤーで様々な「制御」をしようとする顕在意識から、潜在意識から

先日こんなことがあった

・

「いつかゲストハウスを経営したいんです」

移住してから一年、いろんな人にそんな話をしてきたけれど、一向に土地の話も物件の話も降ってこない
どうしたらいいでしょう?
人として尊敬する、不動産のプロでもある知人に”相談”した

一蹴された(←有難い意味で)

「想いも努力も十分になったときに 
向こうからやってきます」

(ことはば違うがそのように受け取った)

「本気ではない」という「こころの質」を知人は見抜いていた

知人との対話の中で気づかされた

「質」「動機」「意図」「注意」

どれもが「怖れ」ベースだった
「やりたい」と口では言いながら内側では「やりたくない」と抵抗していた
それに見合った現実が起きていた

・

ここまで買いてみてやはり
「文章としてまとめる」ことは到底できないと感じている

ただあるのは「繋がっている」感覚

マインドフルネスもヴィパッサナーも
チームリーダーとしての“失敗”も
シェアハウスに住みその知人に出会えた縁も
合気道体験での苦い思い出も
その間にあった数々の気づきも

この講座が繋げてくれた

・

「失敗ではない 
うまくいかない方法をひとつ見つけただけ」

有名なエジソンのことばらしい

自分の状態に気づきながら、それらに注意を向けながら、これからも何百万回と起きる”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく

「何もかもうまくいかない  
そんな世界からいなくなりたい」
隠れ鬱の15年間ずっとそう思ってきた

5年前にマインドフルネスと出会って
”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく過程が
楽しくて仕方なくなった

「質」「意図」「動機」「注意の向け先」

そこに「ある」

・

many thanks to 🙏
@iwabuchiteita (講師の先生)
@muifuui (企画・主催)
@hamu348 (当日夜壁打ち)
先日、『からだで読む老子』というワークショップに参加した

まとまらない文章だが感じたことを書き残しておきたい

・

からだ、身体感覚

それはわたしにとって長い間「信じられない」ものだった

マインドフルネスの講師養成講座受講当初ボディスキャンで何も感じないという悩みを先生に相談した
先生は一言
「あなたは『感じる』ということばに特定の意味をもっていませんか?」

この問いかけはその後数年間繰り返し私の中に現れた

・

身体感覚が「ある」=講師の素養がある
身体感覚が「ない」=講師には致命的

簡単にするとそれが私とっての意味だった

学びやガイドの中でいくら「感じていないことに気づいている、  それ自体が気づき」と言われても(時には自分が言っても)「本当にそうだろうか」と思う自分がどこかにいた

・

その「疑い」が変化したのは講師免許をとってから2年後に参加したヴィパッサナ瞑想

1日トータル12時間の瞑想
ただ座る
完全サイレントの10日間

痛みや疲れなどの不快な感覚ではない
気持ちいい快の感覚でもない
ただ淡々と身体が「活動している」感覚がそこにはあった

「からだは信じられる」初めてそう感じた体験だった

・

ヴィパッサナの体験の後
友人から今回のワークショップを紹介された

もし順番が前後していたら「私(のからだ)は理解できない」と参加はしなかっただろう

・

ワークショップの中では様々なペアワークを体験した

一貫して受け取ったメッセージはこれだった

「ほんの小さな意識の向け方/向け先でからだの「質」が変化する」
「からだに戻るスペースを」

思い出したことがあった

・

マインドフルネス実践を始めた5年前
日々「気づき」が溢れ毎日のように講座仲間にコミュニティ掲示板でシェアしていた

日々出会う「気づき」は嬉しかったがきっかけとなる出来事は当時勤めていた会社でのチームリーダーとしての”失敗”

”失敗”の原因を深堀りするたびに「会社のため」「あなたの成長のため」と大義名分を掲げてチームを”指導”していた自分の本当の動機は、「自分の居場所を守ること」だと気付かされた

講座のクラスメイトはその表向きの行動を大義名分通りに「愛だね」「やさしい行動だね」と賞賛してくれた

姿勢のいい座り方をしていると「熱心に見える」ように
背もたれに寄りかかって椅子に座っていると「怠惰に見える」ように
わたしの行動は外からはその怖れに満ちた動機を覆い隠していた
「本当の動機」をシェアしてもなお仲間たちはほめてくれた

ギャップが苦しかった

シェアすることをやめた

・

『からだで読む老子』の中で講師の岩渕さんがおっしゃった「質」ということばがそこにリンクした

「質」「動機」「意図」「注意」

どれも外からは見えない(普通は)

自分だけが見えている世界や、それにすら気づかないで無意識レベルで行動・選択することが、多くの人に起きているのではないか

・

からだを使ったペアワークの中で「意識」が邪魔をすることがあるというお話があった

からだは本来とても正直で素直な反応をするものだけれど「意識」は複雑化したレイヤーで様々な「制御」をしようとする顕在意識から、潜在意識から

先日こんなことがあった

・

「いつかゲストハウスを経営したいんです」

移住してから一年、いろんな人にそんな話をしてきたけれど、一向に土地の話も物件の話も降ってこない
どうしたらいいでしょう?
人として尊敬する、不動産のプロでもある知人に”相談”した

一蹴された(←有難い意味で)

「想いも努力も十分になったときに 
向こうからやってきます」

(ことはば違うがそのように受け取った)

「本気ではない」という「こころの質」を知人は見抜いていた

知人との対話の中で気づかされた

「質」「動機」「意図」「注意」

どれもが「怖れ」ベースだった
「やりたい」と口では言いながら内側では「やりたくない」と抵抗していた
それに見合った現実が起きていた

・

ここまで買いてみてやはり
「文章としてまとめる」ことは到底できないと感じている

ただあるのは「繋がっている」感覚

マインドフルネスもヴィパッサナーも
チームリーダーとしての“失敗”も
シェアハウスに住みその知人に出会えた縁も
合気道体験での苦い思い出も
その間にあった数々の気づきも

この講座が繋げてくれた

・

「失敗ではない 
うまくいかない方法をひとつ見つけただけ」

有名なエジソンのことばらしい

自分の状態に気づきながら、それらに注意を向けながら、これからも何百万回と起きる”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく

「何もかもうまくいかない  
そんな世界からいなくなりたい」
隠れ鬱の15年間ずっとそう思ってきた

5年前にマインドフルネスと出会って
”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく過程が
楽しくて仕方なくなった

「質」「意図」「動機」「注意の向け先」

そこに「ある」

・

many thanks to 🙏
@iwabuchiteita (講師の先生)
@muifuui (企画・主催)
@hamu348 (当日夜壁打ち)
先日、『からだで読む老子』というワークショップに参加した まとまらない文章だが感じたことを書き残しておきたい ・ からだ、身体感覚 それはわたしにとって長い間「信じられない」ものだった マインドフルネスの講師養成講座受講当初ボディスキャンで何も感じないという悩みを先生に相談した 先生は一言 「あなたは『感じる』ということばに特定の意味をもっていませんか?」 この問いかけはその後数年間繰り返し私の中に現れた ・ 身体感覚が「ある」=講師の素養がある 身体感覚が「ない」=講師には致命的 簡単にするとそれが私とっての意味だった 学びやガイドの中でいくら「感じていないことに気づいている、  それ自体が気づき」と言われても(時には自分が言っても)「本当にそうだろうか」と思う自分がどこかにいた ・ その「疑い」が変化したのは講師免許をとってから2年後に参加したヴィパッサナ瞑想 1日トータル12時間の瞑想 ただ座る 完全サイレントの10日間 痛みや疲れなどの不快な感覚ではない 気持ちいい快の感覚でもない ただ淡々と身体が「活動している」感覚がそこにはあった 「からだは信じられる」初めてそう感じた体験だった ・ ヴィパッサナの体験の後 友人から今回のワークショップを紹介された もし順番が前後していたら「私(のからだ)は理解できない」と参加はしなかっただろう ・ ワークショップの中では様々なペアワークを体験した 一貫して受け取ったメッセージはこれだった 「ほんの小さな意識の向け方/向け先でからだの「質」が変化する」 「からだに戻るスペースを」 思い出したことがあった ・ マインドフルネス実践を始めた5年前 日々「気づき」が溢れ毎日のように講座仲間にコミュニティ掲示板でシェアしていた 日々出会う「気づき」は嬉しかったがきっかけとなる出来事は当時勤めていた会社でのチームリーダーとしての”失敗” ”失敗”の原因を深堀りするたびに「会社のため」「あなたの成長のため」と大義名分を掲げてチームを”指導”していた自分の本当の動機は、「自分の居場所を守ること」だと気付かされた 講座のクラスメイトはその表向きの行動を大義名分通りに「愛だね」「やさしい行動だね」と賞賛してくれた 姿勢のいい座り方をしていると「熱心に見える」ように 背もたれに寄りかかって椅子に座っていると「怠惰に見える」ように わたしの行動は外からはその怖れに満ちた動機を覆い隠していた 「本当の動機」をシェアしてもなお仲間たちはほめてくれた ギャップが苦しかった シェアすることをやめた ・ 『からだで読む老子』の中で講師の岩渕さんがおっしゃった「質」ということばがそこにリンクした 「質」「動機」「意図」「注意」 どれも外からは見えない(普通は) 自分だけが見えている世界や、それにすら気づかないで無意識レベルで行動・選択することが、多くの人に起きているのではないか ・ からだを使ったペアワークの中で「意識」が邪魔をすることがあるというお話があった からだは本来とても正直で素直な反応をするものだけれど「意識」は複雑化したレイヤーで様々な「制御」をしようとする顕在意識から、潜在意識から 先日こんなことがあった ・ 「いつかゲストハウスを経営したいんです」 移住してから一年、いろんな人にそんな話をしてきたけれど、一向に土地の話も物件の話も降ってこない どうしたらいいでしょう? 人として尊敬する、不動産のプロでもある知人に”相談”した 一蹴された(←有難い意味で) 「想いも努力も十分になったときに  向こうからやってきます」 (ことはば違うがそのように受け取った) 「本気ではない」という「こころの質」を知人は見抜いていた 知人との対話の中で気づかされた 「質」「動機」「意図」「注意」 どれもが「怖れ」ベースだった 「やりたい」と口では言いながら内側では「やりたくない」と抵抗していた それに見合った現実が起きていた ・ ここまで買いてみてやはり 「文章としてまとめる」ことは到底できないと感じている ただあるのは「繋がっている」感覚 マインドフルネスもヴィパッサナーも チームリーダーとしての“失敗”も シェアハウスに住みその知人に出会えた縁も 合気道体験での苦い思い出も その間にあった数々の気づきも この講座が繋げてくれた ・ 「失敗ではない  うまくいかない方法をひとつ見つけただけ」 有名なエジソンのことばらしい 自分の状態に気づきながら、それらに注意を向けながら、これからも何百万回と起きる”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく 「何もかもうまくいかない  そんな世界からいなくなりたい」 隠れ鬱の15年間ずっとそう思ってきた 5年前にマインドフルネスと出会って ”失敗/うまくいかないこと”と向き合っていく過程が 楽しくて仕方なくなった 「質」「意図」「動機」「注意の向け先」 そこに「ある」 ・ many thanks to 🙏 @iwabuchiteita (講師の先生) @muifuui (企画・主催) @hamu348 (当日夜壁打ち)
1か月 ago
View on Instagram |
4/6
【あなたの耳に届いたものはなんでしたか?】
1か月 ago
View on Instagram |
5/6
【出会いが人生を変えると言うけれど】

1年前、関東から高知に移住した

この1年間、もっとも多く訊かれた質問は 
『なんで高知?』

・

いちばん最初のきっかけは20年前
対人障害を抱えた30代前半

人と関わらずに済む場所を求めて
こんな検索キーワードでインターネット検索をした
「人が少ない」
「携帯(当時はガラケー)の電波が通じない」

ヒットしたのは「四万十川流域」

人生で初めて
高知という土地をリアルに意識したときだった

それから様々な出会いを経て
その存在は大きく変化していく

・

当時は ”仕事人間"
(というか仕事に自分の「居場所」を探していた)

貯金もないし
独り身で家族もいないし
仕事をやめたら「何もなくなる」と思っていた

仕事(とわずかなお金)にしがみついて
移住という決断は到底できない状態だった

その状況は、心を蝕みながら、15年続く

・

46歳、夏、「運命の出会い」
(安っぽい表現だけれど、本当に)

マインドフルネス

に出会った

・

信頼するヨガの先生が
マインドフルネスのワークショップを紹介していた

仕事の人間関係に煮詰まりまくっていて
効果がありそうな学びは迷わず受講していたから
沢山の「効果」をうたっていたその講座に飛びついた

受けてみて、大きく変わった
視点
捉え方

受講前に期待していた「有能なリーダーになる」
ということはどこかに行って

「可能性を探し続けよう」
「人と、世界と、調和して生きる」

真っ暗だった人生に、光が差した

・

あれ? 
この投稿は
「なぜ高知に?」に答えるもののはずなのに

なぜ
「マインドフルネスとの出会い」を?

長いですが、もう少しお読み頂けると嬉しいです…

・

マインドフルネスの実践を始めたのが2021年夏

同じ年の12月
わたしは「高知と出会い直して」いた

きっかけになったのは
近所の本屋さんの新著コーナーで偶然見つけた本

「サステイナブルに暮らしたい
―地球とつながる自由な生き方―」

・

夢中になって読んだ

著者の服部夫妻の人生の変遷、暮らしの様子が描かれている
「どれが」「どこが」と一部を切り取って何かがいい
ということではなく
こんな生き方、暮らし方をしたいと思った
こんな人になりたいと思った

マインドフルネスの実践を通して
自分がほんとうに求めているものは
「成功」ではなく「調和」だと感じはじめていたものを
服部夫妻は、生き方と暮らしの全てで体現されていた

服部夫妻が高知県に移住されていることを知った

古い記憶の中で「逃げる先」として設定されていた高知県が
「生きる、暮らす、場所」に変わった瞬間だった

・

そこから数年は、今思い返せば、
移住するための準備期間のような時間だった
(計画していたわけではない)

25年間サラリーマンだった自分が
仕事をやめて移住したら
新しい土地でどうやって生計を立てるのか?

「不安」と「やりたいことにトライしたい思い」

どちらかが出てくるともう片方も出てきて打ち消す
その繰り返しだった

・

2024年秋、初めて高知県を訪れた(旅行)

全てが、ただ、心地いいと感じた
心がほどけていくような感覚があった

服部夫妻の本を読んだ時の感覚と同じような感覚

頭の中で
「迷い」「不安」「葛藤」がぐるぐる渦巻いていたものが
落ち着いていった

攪拌で濁った水が
動きがゆっくりになって止まって
濁りがスーッと降りて行って透明になるような

「ここだ」という声がきこえた

・

本格的に「高知で暮らそう」と決めてからは早かった

旅から2カ月後には仕事が決まり、住むところも見つかった
当時勤めていた会社の引継ぎを経て退職、移住

マインドフルネスとの出会い
服部夫妻の著書との出会い

2021年のこのふたつの出会いのおかげで
いまわたしは、高知で暮らしている

・

もうすぐ移住から1年

毎日の通勤は川沿いを自転車で走る

毎日、空と川を見ながら思う

ここに来てよかった
ここに住めて嬉しい

いや、「思う」というより、
全身がそう言っている

・

マインドフルネスと服部夫妻が
わたしを高知に「出会わせて」くれた

こころから、そう思っています

ありがとうございます

@sustainably.jp @asterope_tea
【出会いが人生を変えると言うけれど】

1年前、関東から高知に移住した

この1年間、もっとも多く訊かれた質問は 
『なんで高知?』

・

いちばん最初のきっかけは20年前
対人障害を抱えた30代前半

人と関わらずに済む場所を求めて
こんな検索キーワードでインターネット検索をした
「人が少ない」
「携帯(当時はガラケー)の電波が通じない」

ヒットしたのは「四万十川流域」

人生で初めて
高知という土地をリアルに意識したときだった

それから様々な出会いを経て
その存在は大きく変化していく

・

当時は ”仕事人間"
(というか仕事に自分の「居場所」を探していた)

貯金もないし
独り身で家族もいないし
仕事をやめたら「何もなくなる」と思っていた

仕事(とわずかなお金)にしがみついて
移住という決断は到底できない状態だった

その状況は、心を蝕みながら、15年続く

・

46歳、夏、「運命の出会い」
(安っぽい表現だけれど、本当に)

マインドフルネス

に出会った

・

信頼するヨガの先生が
マインドフルネスのワークショップを紹介していた

仕事の人間関係に煮詰まりまくっていて
効果がありそうな学びは迷わず受講していたから
沢山の「効果」をうたっていたその講座に飛びついた

受けてみて、大きく変わった
視点
捉え方

受講前に期待していた「有能なリーダーになる」
ということはどこかに行って

「可能性を探し続けよう」
「人と、世界と、調和して生きる」

真っ暗だった人生に、光が差した

・

あれ? 
この投稿は
「なぜ高知に?」に答えるもののはずなのに

なぜ
「マインドフルネスとの出会い」を?

長いですが、もう少しお読み頂けると嬉しいです…

・

マインドフルネスの実践を始めたのが2021年夏

同じ年の12月
わたしは「高知と出会い直して」いた

きっかけになったのは
近所の本屋さんの新著コーナーで偶然見つけた本

「サステイナブルに暮らしたい
―地球とつながる自由な生き方―」

・

夢中になって読んだ

著者の服部夫妻の人生の変遷、暮らしの様子が描かれている
「どれが」「どこが」と一部を切り取って何かがいい
ということではなく
こんな生き方、暮らし方をしたいと思った
こんな人になりたいと思った

マインドフルネスの実践を通して
自分がほんとうに求めているものは
「成功」ではなく「調和」だと感じはじめていたものを
服部夫妻は、生き方と暮らしの全てで体現されていた

服部夫妻が高知県に移住されていることを知った

古い記憶の中で「逃げる先」として設定されていた高知県が
「生きる、暮らす、場所」に変わった瞬間だった

・

そこから数年は、今思い返せば、
移住するための準備期間のような時間だった
(計画していたわけではない)

25年間サラリーマンだった自分が
仕事をやめて移住したら
新しい土地でどうやって生計を立てるのか?

「不安」と「やりたいことにトライしたい思い」

どちらかが出てくるともう片方も出てきて打ち消す
その繰り返しだった

・

2024年秋、初めて高知県を訪れた(旅行)

全てが、ただ、心地いいと感じた
心がほどけていくような感覚があった

服部夫妻の本を読んだ時の感覚と同じような感覚

頭の中で
「迷い」「不安」「葛藤」がぐるぐる渦巻いていたものが
落ち着いていった

攪拌で濁った水が
動きがゆっくりになって止まって
濁りがスーッと降りて行って透明になるような

「ここだ」という声がきこえた

・

本格的に「高知で暮らそう」と決めてからは早かった

旅から2カ月後には仕事が決まり、住むところも見つかった
当時勤めていた会社の引継ぎを経て退職、移住

マインドフルネスとの出会い
服部夫妻の著書との出会い

2021年のこのふたつの出会いのおかげで
いまわたしは、高知で暮らしている

・

もうすぐ移住から1年

毎日の通勤は川沿いを自転車で走る

毎日、空と川を見ながら思う

ここに来てよかった
ここに住めて嬉しい

いや、「思う」というより、
全身がそう言っている

・

マインドフルネスと服部夫妻が
わたしを高知に「出会わせて」くれた

こころから、そう思っています

ありがとうございます

@sustainably.jp @asterope_tea
【出会いが人生を変えると言うけれど】 1年前、関東から高知に移住した この1年間、もっとも多く訊かれた質問は  『なんで高知?』 ・ いちばん最初のきっかけは20年前 対人障害を抱えた30代前半 人と関わらずに済む場所を求めて こんな検索キーワードでインターネット検索をした 「人が少ない」 「携帯(当時はガラケー)の電波が通じない」 ヒットしたのは「四万十川流域」 人生で初めて 高知という土地をリアルに意識したときだった それから様々な出会いを経て その存在は大きく変化していく ・ 当時は ”仕事人間" (というか仕事に自分の「居場所」を探していた) 貯金もないし 独り身で家族もいないし 仕事をやめたら「何もなくなる」と思っていた 仕事(とわずかなお金)にしがみついて 移住という決断は到底できない状態だった その状況は、心を蝕みながら、15年続く ・ 46歳、夏、「運命の出会い」 (安っぽい表現だけれど、本当に) マインドフルネス に出会った ・ 信頼するヨガの先生が マインドフルネスのワークショップを紹介していた 仕事の人間関係に煮詰まりまくっていて 効果がありそうな学びは迷わず受講していたから 沢山の「効果」をうたっていたその講座に飛びついた 受けてみて、大きく変わった 視点 捉え方 受講前に期待していた「有能なリーダーになる」 ということはどこかに行って 「可能性を探し続けよう」 「人と、世界と、調和して生きる」 真っ暗だった人生に、光が差した ・ あれ?  この投稿は 「なぜ高知に?」に答えるもののはずなのに なぜ 「マインドフルネスとの出会い」を? 長いですが、もう少しお読み頂けると嬉しいです… ・ マインドフルネスの実践を始めたのが2021年夏 同じ年の12月 わたしは「高知と出会い直して」いた きっかけになったのは 近所の本屋さんの新著コーナーで偶然見つけた本 「サステイナブルに暮らしたい ―地球とつながる自由な生き方―」 ・ 夢中になって読んだ 著者の服部夫妻の人生の変遷、暮らしの様子が描かれている 「どれが」「どこが」と一部を切り取って何かがいい ということではなく こんな生き方、暮らし方をしたいと思った こんな人になりたいと思った マインドフルネスの実践を通して 自分がほんとうに求めているものは 「成功」ではなく「調和」だと感じはじめていたものを 服部夫妻は、生き方と暮らしの全てで体現されていた 服部夫妻が高知県に移住されていることを知った 古い記憶の中で「逃げる先」として設定されていた高知県が 「生きる、暮らす、場所」に変わった瞬間だった ・ そこから数年は、今思い返せば、 移住するための準備期間のような時間だった (計画していたわけではない) 25年間サラリーマンだった自分が 仕事をやめて移住したら 新しい土地でどうやって生計を立てるのか? 「不安」と「やりたいことにトライしたい思い」 どちらかが出てくるともう片方も出てきて打ち消す その繰り返しだった ・ 2024年秋、初めて高知県を訪れた(旅行) 全てが、ただ、心地いいと感じた 心がほどけていくような感覚があった 服部夫妻の本を読んだ時の感覚と同じような感覚 頭の中で 「迷い」「不安」「葛藤」がぐるぐる渦巻いていたものが 落ち着いていった 攪拌で濁った水が 動きがゆっくりになって止まって 濁りがスーッと降りて行って透明になるような 「ここだ」という声がきこえた ・ 本格的に「高知で暮らそう」と決めてからは早かった 旅から2カ月後には仕事が決まり、住むところも見つかった 当時勤めていた会社の引継ぎを経て退職、移住 マインドフルネスとの出会い 服部夫妻の著書との出会い 2021年のこのふたつの出会いのおかげで いまわたしは、高知で暮らしている ・ もうすぐ移住から1年 毎日の通勤は川沿いを自転車で走る 毎日、空と川を見ながら思う ここに来てよかった ここに住めて嬉しい いや、「思う」というより、 全身がそう言っている ・ マインドフルネスと服部夫妻が わたしを高知に「出会わせて」くれた こころから、そう思っています ありがとうございます @sustainably.jp @asterope_tea
2か月 ago
View on Instagram |
6/6